あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
お願いします、という主任の言葉を遮ったのは父だった。
「井上さん。君は、綾音が婚約破棄されたのを知っているか?」
「もちろんです」
真摯に頷いた主任に、父は腕組みをして、彼の瞳を見た。
「親として、これ以上、娘を傷つけたくはない」
父の隣で母もコクコクと頷いている。
勇輝と挨拶に来たときは、飛び上がらない勢いで喜んでくれたけれど。
流石に、二度目はいい顔をしてはくれない。
「この子は何でも一人で抱え込む。辛さや不安も押し殺して、笑う奴だ」
「知っています。そんな綾音さんだからこそ、好きになりました」
"好き"
その言葉に鼓動が跳ねた。
決して普段、主任の口から聞くことのない言葉だ。
きっと両親を安心させるための言葉だ。
どこまで本心かはわからない。
わからないけど。
嘘だとしても、嬉しい。