あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
そんな主任に私は笑いかける。
「でも主任。私はそんなに苦しくなんてないんですよ。寂しくなんてないから」
生まれてくる子供のためにも、罪悪感や申し訳なさを主任に抱いてほしくなくて、言葉を紡いだ。
私の中の本心だ。
婚約破棄された当時を思えば、何も苦しくなんてない。
だって、この子がいるから。
守りたいと思った小さな命が。
「そうか。よかった」
少しだけ主任がホッとしたような表情を浮かべる。
それから、キリッと真顔になって告げた。
「俺、この仕事に目処がついたら、ヘッドハンティングの話、断るよ」
「……それは……」
「もしかしたら、あちらの平野主任は、君に当たるかもしれない。俺は出来る限り、お前を守るつもりだけど……」
彼は言葉を濁す。
牽制するかのように、ヘッドハンティングの話をしてきた平野さんのことだ。
それを断られたら、私に当たるという可能性も充分あり得る。
それも恐らく、主任がいない隙に。
そのときに注意しろと主任は言っているのだ。
共同プロジェクトで発売される期間限定ジュースの発売日が過ぎたとしても、彼女はまだまだ我が社に出入りする予定だ。
「もちろん、平野さんには気をつけます。……主任は……それでいいんですか?」
主任がこの話を受けるか断るかで悩んでいたことは知っている。
だから、聞かずにはいられなかった。
「平野さんは、恐らく、主任のことを狙っています。もし、平野さんのそばにいれば、あの会社の重役になれるのは間違いないです」
私の言葉を主任は鼻で笑って、それから言ったのだ。
「……お前と子供を捨てたら、俺はきっと後悔する」