あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


『……お前と子供を捨てたら、俺はきっと後悔する』

矢田部長の言葉が……いつの日か言った主任の言葉とリンクする。

「君は今、このプロジェクトよりも大切な仕事を井上くんから任されているんだ」

わかるよね?と矢田部長が瞳で問いかけてくる。

「……子供の命を守ること、ですよね」

「それから、井上くんの疲れを取ってあげることだ。

半休を取りなさい。そして、井上くんが帰ってきたら、"お帰りなさい"と"お疲れ様"で迎えて上げて。

男は単純な生き物だから、それだけで充分さ」

矢田部長はそう優しく、でもどこかおどけたように微笑んで、通勤鞄を手に取った。

「さぁ、帰ろう。駅まで送るよ。中田さん。急がないと終電を逃すよ」

部長の言葉に慌てて、鞄を持つ。
時刻はもう11時を過ぎているのだ。

私は構わないとしても、部長は家で家族が待っている。
"どんなに帰りが遅くてもいつも家内は起きて待っていてくれるんだ"と自慢する奥さんは、夫の帰りを今か今かと待っているのだろう。

「家で家族が待っているって、嬉しいことですか?部長」

就職とともに家を出た私は、仕事帰りに家に家族が待っていることがなかった。

だから……わからないけれど。

振り返った部長が

「当たり前だよ」

そう言ってとても素敵な表情で微笑むから。

主任にとって、できることがあるかもしれないと思った。

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