あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
その手に握られているのは、小さな箱。
頬に触れていた手が離れ、箱が開けられる。
「……っ」
「綾音。愛してる。ずっと俺の隣にいてほしい」
小箱からは出てきたのは、小ぶりのダイヤがはめ込まれたシルバーのエンゲージリング。
「婚約指輪なんて金の無駄だって言われそうだけど、でもちゃんと渡したかった」
結婚式も指輪も特に興味を示さなかった私だから、貴幸さんは冗談っぽくそう言い、恐る恐る指輪を抜き取り、私の指に運んでくれた。
「責任感じゃない。恋人として、俺はお前と結婚したい」
「私もです」
左手薬指に輝きが灯る。
どうかこの指に灯る輝きが永遠でありますように。
美しいダイヤの輝きに見惚れていると、温もりに包まれた。
「結婚前に、お前の気持ちが聞けてよかった」
これで安心して結婚生活が送れる、と主任は耳に囁く。
彼の腕の中はあったかくて、安心できる場所。
きっとそう思えるのは、彼の本心に触れたからだ。
「貴幸、さん」
「……綾音」
彼の身体の温もりに、どれたけの間、包まれていたのだろう。
温もりが眠気を誘い、フワッと欠伸をした私の頭を貴幸さんが撫でた。
「明日も仕事だ。そろそろ寝ようか」
「そうですね」
仕事だ。
職場ではきっと、冷たい瞳と好奇な視線が待っている。
『starlight』の平野さんにヘッドハンティングの話を断ることもまだしていない。
きっと問題は山積み。
でも、今はこの温もりを信じて、眠ろう。
「おやすみ。綾音」
「……おやすみなさい」
幸せだと思った。
あなたがくれる四文字の囁きがとても幸せだった。
何十年も先。
私たちが、おじいちゃん、おばあちゃんになったとしても。私は。
私は。
あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
**fin**
ご愛読ありがとうございました!
次のページからは、貴幸さん目線で続編を少し書きたいと思います。