あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


休憩所に行くと、松山さんが珈琲を奢ってくれた。
誰かに奢られるのは久しぶりだな、と考えながら、お礼を言って受け取る。

紙カップに入ったそれは、ホットのブラックだった。

「噂に聞いたけど、お前結婚したらしいな」

「そうですよ」

松山さんがグイッと紙カップを傾けながら、自身の飲み物を飲んだ。
中身は、相変わらずのアイスカフェオレ。

大人な風情で、紳士的なのに、大の甘党で、しかも猫舌なのだ。

「しかも営業補佐の子で、できちゃった婚だって?」

「……はい」

情報が早い。さすがだ、松山さん。
営業たる者、些細な情報もキャッチせよ、が松山さんの口癖なのだ。

「綾音ちゃんだよな?」

続けて言った松山さんの言葉に目を剥いた。

綾音と俺の結婚は公にしたから、本社勤務の社員なら知っているだろう。
しかし、松山さんは今日、こっちに来たばかりで。

加えて、綾音が入社してきた3年前には工場長として別の県に赴任していたから、接点などないはずだ。

営業補佐は倉庫勤務の人相手に、交渉することはあれど、工場の方までは連絡しない。

ミスなどがあり、直接工場に連絡したいときは、俺たち管理職の誰かがする。

つまり松山さんと綾音に接点はない、そう踏んでいたのに、何故だ?
何故、松山さんは綾音をちゃん付けで親しげに呼ぶ?

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