あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
俺は腕時計を見てから、パソコンをシャットダウンした。
「営業行ってきます」
コートを羽織り、鞄を持って声を掛けると、松山さんが「おう」と手を上げて返事してくれた。
エレベーターが来るのを待っていると、コツコツとヒールの足音が聞こえてくる。
コツコツという音は嫌に響く。
その音が俺のすぐ後ろで止まった。
「井上貴幸よね」
呼ばれた名前。
聞き覚えのある声。
振り向けば、きっと不快になるのは分かっていたが、それでも、振り向かなればいけないと思わされる、声だった。
「……っ……」
「久しぶりの先輩に挨拶もなし?本当にあなた、営業部の主任なの?」
腕を組み、俺より低い背丈から睨んでくるのは、5年前、散々俺を悩ませた女だった。
「……吉岡さん」
呆然と呟いた俺に彼女は不敵に微笑む。