あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
周りの男に媚びる訳でもなく、なびくわけでもなく、彼女はただ淡々と仕事をしていた。
彼女がまとめてくれる資料はとても見やすいし、珈琲が一際美味しく感じた。
それだけの存在だったのに。
時々見せる微笑みとか、真っ直ぐな眼差しに心惹かれた。
彼女が結婚を決めたと報告して、薬指の指輪を見たとき、たまらなく切なくなって。
初めて、自分が綾音に惹かれていたことに気がついた。
それから、ずっと、彼女を愛し続けている。
だから迷った。
ヘッドハンティングすれば、綾音にはすぐに会えなくなることがわかっていたから。
「あれ以来初めてだな」
このヘッドハンティングの話には裏があった。
自分で言うのも何だが、恐らく、平野さんは俺に好意を抱いてくれている。
本人から何も言わないから、ヘッドハンティングが断ったとき、あえて結婚の話はしなかった。
「……結婚指輪に絶対気づきますよね」
「気づくだろうな」
断りの話をしたとき、まだ指輪はしていなかったことに気づく。
「…………」
弁当の箸をくわえたまま、沈黙してしまった彼女の名前を呼んでみる。
綾音は、ハッと顔を上げて、微笑みを作る。
「……いつの間にか、好きな人が結婚していて、その相手が私だって知ったら……平野さん、どう思うのかなって思って……」
綾音は複雑そうな表情で、そう本音を話してくれた。