あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


「俺としては、綾音ちゃんが二股かけてたとは思えないんだが……」

「かけてませんよ、一度も。婚約破棄された綾音の弱みに漬け込んだ俺が一番悪いのに……」

俺は髪をグシャっとかき回して、俯いた。

悪いのは俺だ。
なのに、何故か、責められるのは綾音のほう。

ため息のような吐息をしたときだった。

「あれ?偶然!井上くんも休憩?」

休憩室にひょっこり顔を出した女性に俺は息を呑む。
顔から血の気が引いていく。

「……お疲れ様です、吉岡さん」

一応社会人だから、会いたくなくても、挨拶はした。

「お疲れ様。井上くん、顔色悪いけど、大丈夫?忙しいの?」

誰のせいだ、と心の中で毒を吐きながら、俺は手に持つ缶コーヒーを飲み干した。

吉岡さんの所属するマーケティング部は、俺たち、営業部より上の階にある。

そこの休憩室を使えばいいのに、ここにいるということは、俺に会いに来たに違いない。

「大丈夫です。仕事があるので、戻りますね」

キッパリ言うと、吉岡さんは唇を尖らせる。

「ええー!早いよ!もう少し一緒にいてよ」

恋人みたいに甘えてくる姿にげんなりする。
俺はお前のオトコじゃない。

「俺は充分、休みましたから」

「井上が戻るなら、俺も戻るわ。これ以上サボると、矢田部長にお灸をそえられる」

俺の気持ちは嫌というほど知っている松山さんがそう言ってくれて、俺は二人でその場を離れるようにした。

その背中に声が掛けられる。

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