あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


「営業補佐の井上綾音さん」

突然、綾音の名前が出てきて、俺の足は止まってしまう。
そんな俺を、松山さんは行くぞ、と目で合図してくる。

それでも、足は動かない。

……きっと、彼女のことだから、綾音の存在には目敏く気づくだろうとは思っていたけれど……。

「彼女、来週から総務部に異動してもらうから」

「……えっ……?」

吉岡さんが続けた言葉に俺は目を剥く。
松山さんも、その目に驚きを映した。

「井上の異動はもう少し後だと聞いていましたが?」

人事部に掛け合って、綾音は3月いっぱいまで営業部に勤めたあと、産休に入る予定だった。
本来、夫婦で同じ場所は認めてもらえないからだ。

どちらか、異動にならなければならないとは分かっているが、時期が時期だし、1年間の育休のあと、異動にすると人事部長と約束した。

「夫婦で同じ部署は駄目なのは知ってるわよね?公私混同されると迷惑なの。他の社内結婚の夫婦に示しがつかないでしょう?」

吉岡さんの意見は恐らく表向きの理由。
本当は、俺から綾音を引き離したいだけだろう!?

「事務の井上さんは4月から休職することが決まっている。今から異動して新たに仕事を覚えるのは、かなり負担になると思いますが?」

松山さんが最もなことを反論してくれる。

そうだ。しかも、異動が総務部とはなぜだ?
総務は在庫管理などのために、重いダンボールを持って社内を駆け回らなくちゃいけない。

妊婦の綾音に……そんなこと!

「決まったことだわ。社長が直々に人事部長を納得させたし、今頃、営業部に話が言っているんじゃないかしら?」

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