あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
「さすがに身重の中田さんに無茶はさせられない。それに今、中田さんに抜けられたら、営業部は大変なことになる」
……部長は項垂れる。
今事務の中で、一番、仕事を任せられているのは、綾音だ。
引き継ぎがあと、二、三日で終わるはずがない。
「人事部長に掛け合ってもらえませんか?」
矢田部長に懇願するが、彼は首を横に振った。
「したよ。だが、社長命令だからの一点張りだ」
「そんな……」
「社長に直接命令の撤回をお願いするしかないかもしれない」
俺は手を握りしめて、拳を作った。
なぜ、こんなにもあの女に振り回されなければならないんだ?
心の奥で、渦巻き始めた恨みに、歯を食いしばったとき。
それまでだんまりしていた綾音が声を上げた。
「……私が総務部に異動すれば、丸く収まりませんか?」
綾音の声に、矢田部長と俺は視線を彼女に向ける。
「総務部の同期は妊娠してからも産休まで仕事を続けていました。妊婦ができないわけではないと思います」
「しかし……」
「事務のアドバイスをまとめたノートはすでに作っていますので、引き継ぎは問題ないです」