あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


しばらくの沈黙があった。
その間、俺は頭を下げ続けたから、彼がどんな表情をしているのかわからない。

ややあって、彼は吐息した。

「井上くん。頭を上げなさい」

言われたとおり、頭を上げると、彼はまたあごひげを擦りながら、微笑んだ。

「この異動は、社長命令ではなく、その娘の吉岡さんの命令ではないのかい?」

「……はい。恐らく」

宮原部長は、吉岡さんを知っていた。
なんと、勘の鋭いことか。

「実は、僕の部下も、彼女が原因で転職してしまってね。彼女の行動は目に余る行動だと常日頃から思っていたんだ。

彼女には、次期社長候補の一人として、もう少し、自覚を持ってもらいたい」

「……では……」

「行こうじゃないか、井上くん。そして、吉岡さんにもきちんと伝えよう。

仕事に私情を挟まないように、と」

宮原部長は、更に目尻に皺を寄せる。

「……っ……宮原部長!ありがとうございます!」

味方がいる。それだけで、勇気が出そうだ。
俺は感極まって、声が震えた。

かくして、社長の元へは、俺と二人の部長が共に向かうことになった。

< 188 / 234 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop