あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
しばらくの沈黙があった。
その間、俺は頭を下げ続けたから、彼がどんな表情をしているのかわからない。
ややあって、彼は吐息した。
「井上くん。頭を上げなさい」
言われたとおり、頭を上げると、彼はまたあごひげを擦りながら、微笑んだ。
「この異動は、社長命令ではなく、その娘の吉岡さんの命令ではないのかい?」
「……はい。恐らく」
宮原部長は、吉岡さんを知っていた。
なんと、勘の鋭いことか。
「実は、僕の部下も、彼女が原因で転職してしまってね。彼女の行動は目に余る行動だと常日頃から思っていたんだ。
彼女には、次期社長候補の一人として、もう少し、自覚を持ってもらいたい」
「……では……」
「行こうじゃないか、井上くん。そして、吉岡さんにもきちんと伝えよう。
仕事に私情を挟まないように、と」
宮原部長は、更に目尻に皺を寄せる。
「……っ……宮原部長!ありがとうございます!」
味方がいる。それだけで、勇気が出そうだ。
俺は感極まって、声が震えた。
かくして、社長の元へは、俺と二人の部長が共に向かうことになった。