あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
俺が何と返事しようかと思案していると、扉がノックされた。
途端に、室内に緊張をはらんだ空気が流れる。
「社長がお戻りです」
秘書の声がして、反射的に立ち上がった。
スーツの襟元を整え、一度深呼吸。
やがて、秘書によって扉が開けられ、入ってきたのは、吉岡博文(よしおかひろふみ)社長。
オーダーメイドスーツを着こなした彼は、いつだってその顔には微笑みを、その肩には会社を背負う責任感を乗せている。
「営業部の矢田部長、総務部の宮原部長、そして、営業部の井上主任、だね」
社長は俺たちの顔を順に見やる。
重役会議で度々社長と顔を合わせている両部長ならともかく、俺のことを知っているとは思わなかった。
「吉岡社長、お時間をいただき、本当にありがとうございます」
矢田部長の声に続き、俺は頭を下げる。
「頭を上げてほしい。社員の声を聞くのは、責任者の大事な務めだから」