あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
「理由を聞く権利ぐらいあるよね?私」
もう親にも紹介した。
会社の上司や親友にも結婚することを話している。
結婚指輪も買った。新居も借りた。
式を上げる予定はなかったから、あとは本当に籍を入れるだけだったのだ。
なのに、今頃になって、結婚を辞めたい?
どう言い訳するのよ。
言い辛いのか、彼は頭を下げたまま、だんまりしている。
痺れを切らした私は彼のワイシャツを掴んで、頭を上げさせた。
「勇輝のしてることは、婚約破棄っていうの。相当な理由がなければ、認められないんだから」
……しばらく腕組みして待つと、叱られた子供みたいに縮こまっていた勇輝がゆっくりと語り始めた。
「……実は、高校時代に家庭教師をしていてくれた人がいて……」
勇輝のたどたどしい話をまとめるとこうだ。
勇輝には高校時代に家庭教師をしていてくれた人がいた。
年上で綺麗な彼女に勇輝は恋心を抱いたものの、彼女には当時恋人がいた。
そのまま、想いは伝えられず、ずるずると引きずっているうちに、彼女はその恋人と結婚してしまう。
勇輝は叶わぬ恋を諦めるため、私と付き合いはじめた。
結婚すれば忘れられるかも、と私と結婚を決めた。
しかし、家庭教師の彼女が離婚したと聞き、いてもたってもいられなくなったそうだ。
「やっぱり、まだ彼女が忘れられない。ごめん」
「……そっか」
言葉はそれしかこぼれなかった。
悲しくなかったわけじゃないけれど、それを顔に見せれば、きっと、どこか頼りないところがある彼は取り乱すから。
私は笑顔を貼り付けた。
「それなら仕方ないね」
「綾音……」
「いいよ。うちの両親には私から言っとく」
私の言葉に、勇輝はとんでもないとかぶりを振った。
「綾音の両親には俺が頭を下げに行く!それが当たり前だろう!?」
「いいの。うちのお父さん、怒らせたら、勇輝に手を出すかもしれないから。そんなお父さんも、殴られた勇輝も見たくない」