あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
「ねぇ、答えて。どうして、素直に総務部に行かなかったの?井上くんの近くには行かないほうがいいのに」
これが吉岡さんの声だったかと疑うほど低い声だった。
その地を這うような声は俺の足を止める。
「あの人、モテるでしょう?結構、昔は色んな女と遊びまくってたのよ?今もその人たちとは続いてるんだって」
かつての恋人も、こんな風に脅されたのだろうか。
あることないこと、吹き込まれて、別れるように仕向けられているとも知らず……。
綾音もまた、俺のもとを去っていく?
あのときのような、涙と怒りで充血した瞳で俺を見つめながら……『サヨナラ』って言う?
「ねぇ、何とか言ったら?綾音さん?」
苛ついたらしい吉岡さんが、体重を掛ける足を変えて、重心を横にずらした。
そのとき、チラリと見えた綾音の顔。
目と目が合った気がした。
「貴幸さんはそんな器用な人じゃありません」
凛とした綾音の声がした。