あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
「好きなだけなら、どうして、貴幸さんが女たらしなんて、デタラメ言えるんですか!?」
綾音が声を荒げる。
そんな姿始めて見たから、俺は絶句した。
だけど、吉岡さんもここまで言われて黙っている女じゃない。
「うるさい!!好きな人を手に入れたいと思って、何が悪いの!?」
我を忘れた吉岡さんが、綾音に飛び掛かろうとしたから、俺は慌ててその腕を掴んだ。
「吉岡さん、落ち着いてください!」
「あんただって……あんただってね!婚約破棄を同情してもらって、彼のこと、手に入れたくせに!!」
般若のような顔でなりふり構わず叫んだ吉岡さん。
俺は堪えきれずに、掴んだ腕に力を込めた。
痛みに顔を歪めた吉岡さんが振り返る。
「井上く……!」
最後まで吉岡さんは言葉を発することはできなかった。
パァンと手のひらが頬を打ち付ける音。
それから、その場の空気が凍りつき、舞い降りる沈黙。
あとになって、手のひらがジンジンしてきた。
「……綾音の弱みに漬け込んだのは俺だ。綾音は責められる理由なんかない」
まさか叩かれるとは思わなかったのだろう。
吉岡さんは手で頬を覆いながら、涙ぐんだ目で俺を見つめた。
「デタラメばかり言わないでください。そんなことばかり言うひとだから、俺はあなたを好きになどなれなかった」
「……っ……!」
ハッキリ言うと、彼女は悲しそうに、悔しそうに、唇を歪ませた。
「女を叩くなんて最低……」
今にも泣き出しそうな顔をしていたのに、それでも泣かなかったのは、彼女のプライドだろうか?
小さく呟いたあと、吉岡さんは頬を押さえながら、階段へと向かって去っていった。
その後ろ姿を追いかけて振り返ると、矢田部長と松山さんも彼女のことを見つめていた。
「……社長令嬢を平手打ちとは、勇気あるな。井上」
松山さんの言葉に、俺はため息をつく。
冷静にいようと思ったのに、綾音だけが責められて一気に頭に血がのぼった。
やってしまった……。
ごめん、と綾音に謝ろうと、振り返ろうとしたとき、強い力が俺の腕を掴んだ。