あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


「あ、井上主任!おはようございます」

みのりの言葉にドキッとする。
足早に私達を追い越していった背中は紛れもなく、井上主任だった。

主任は首だけこちらに向ける。
その形のいい唇にキスされたのだと思うと、頬に熱を感じた。

それを誤魔化すように、私は彼に挨拶をする。

「おはようございます。主任」

「おはよう」

主任は相変わらずの無表情で挨拶を返して、会社に向かっていった。

主任とのことを、みのりには話していない。
付き合ってもいないのに、身体を重ねて。それは道徳的に決して褒められることじゃないと分かっていたから。

「忙しそうだよね。井上主任」

みのりの言葉に頷く。私より4歳年上、29歳の井上主任。
彼は分刻みのスケジュールだという噂があるほど忙しい。

よく考えれば、土曜日も日曜日も彼は仕事だった。
少しでも休みたいだろうに、主任はわざわざ私のために、時間を割いてくれたのだ。

『また来るよ』という言葉は、主任なりの社交辞令なのかもしれない。
期待して、来なくて傷つくのは嫌だから、そう思っておこう。

それが一番の自己防衛だ。

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