あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
私が主任に笑顔を向けると、主任は給湯室の扉にもたれかかっていた身体を起こして、私の隣にやってきた。
「そうだな。今回のことは、全面的に向こうが悪いだろうに、何故かお前が悪者にされてる」
ヤカンを見つめていると、細かい気泡が溢れてきた。溢れては消えて、消えてはまた生まれる。
「まぁお前の結婚話が無くなって喜んでいる男も結構いるのも事実だけどな」
主任の言葉に軽く笑ってしまう。
「お世辞はいいですよ。主任」
「別にお世辞でもないけどな」
主任がため息のような吐息をする。
ヤカンの水が本格的に音をたてて、泡を出し始めたから、私は火を止めた。
粉の入ったマグカップにそろりそろりとお湯を注ぐ。フワリと漂うこの珈琲の香りはいつも、私の心を落ち着ける。
「……また、さ」
「はい?」
主任の低い声が、優しく響くから、珈琲の香りが落ち着けた心を高鳴らせる。
「また、土曜日、家に行くから。それまでがんばれ」
「……っ……」
手が止まった私の隣から、細長い指が伸びて、マグカップを奪っていった。
「また猫のカップで珈琲淹れて。お前の珈琲誰よりも美味いから」
耳元で不意に囁かれた言葉。
甘い言葉でもないのに、その近さに私の心がかき乱される。
ヤカン落として、火傷したら主任のせいだ。
頬に上った熱を隠したくて、マグカップにお湯を注ぐことに集中した。