あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


そこまで思ってから、私はすごいと声には出さずに呟いた。

なんてことだろう。私は彼のことをもう思い出の人として語っている。

『愛していた』ってことはつまり今はもう折り合いが付いている、ということ。

彼のことを過去形で語れるほどに。今のこの毎日は満たされてきているということ。

「中田さん!この発注お願いできますか?」

「了解です。今日中でいい?」

「はい!今日で間に合います!」

後ろから声を掛けてきたのは、春日颯(かすがはやて)くんだった。
春日くんは今年入った新人くん。

営業部に配属されて、矢田部長や井上主任の後ろを、いつもついて回っている。

『ほんとは、開発部志望だったのに……』とボヤキながらも、ニコニコスマイルで、毎日頑張っている。

あの頑張り屋さんを見ていたら、私もなんか楽しくなるのだ。

「最近、楽しそうですよね?中田さん!」

「そう?」

「なんかいいことあったんですか?」

気持ちの整理がついたから。
清々しいのだ。

「何もないよ」

「何かあるって顔してますよ。あえて、聞きませんけど、中田さんが嬉しそうだと僕も嬉しいです」

春日くんは、本当に嬉しそうに笑っている。

「そういうもんなの?」

「中田さんが楽しそうだと、発注のお願いもしやすいですから」

ああ、なるほど。そういうこと。
確かにピリピリしてる営業補佐に、仕事のお願いはしにくいよね。

後輩という立場なら尚更。

「おーい!春日くん。そろそろ行くよ」

矢田部長の声が掛かって、春日くんは慌てて去っていった。
新人でも忙しいなぁ。営業部は。

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