あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
『引っ越しできた?綾音』
母の大きな声が、鼓膜を震わす。泣いた頭に響いて痛かった。
「……荷物は運び終わったよ」
『そうか。勇輝くん手伝いに来てくれてるの?』
母の言葉にちょっと息を呑む。引っ越し手伝おうか?という母の言葉を、勇輝が来てくれるからと断ったのは私だ。
だから母は、勇輝が荷解きをしてくれていると思っている。
結婚を喜んでくれた両親に、言いづらかった。けれど、いつまでも言わない訳にはいかない。
「……勇輝は今、いないよ。帰らせたから」
『……帰らせた……?』
「うん、ごめん。お母さん。結婚の話は白紙に戻す」
『はぁ?』
一層大きな声が携帯からして、思わず耳から遠ざけた。
電話の向こうで『大変!お父ちゃん。綾音が結婚を白紙に戻すて!』と叫んでいるのが聞こえる。
『おい!お前、本気か!結婚やめるて!?もうこんな機会二度と恵まれないかもしれないぞ!!』
母の携帯を奪ったのか、父の声までした。
「本気。理由は聞かないで。きっと、私も悪かった」
彼の葛藤に気づけなかった私にも原因はある気がする。
実は彼には他に好きなひとがいて。その人の元へ行ってしまったといえば、きっと、両親は怒るし、勇輝への印象も悪くなる。
結構、勇輝のことを気に入っていた両親だから。せめて勇輝への信頼はそのままにしておいてあげたい。
「じゃあ、荷解きまだあるから。切るね」
『あ!綾音!ちょっ……』
お母さん、お父さん。
期待をこわしてごめんなさい。
心の中で謝りながら、電話を切った。