あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


『引っ越しできた?綾音』

母の大きな声が、鼓膜を震わす。泣いた頭に響いて痛かった。

「……荷物は運び終わったよ」

『そうか。勇輝くん手伝いに来てくれてるの?』

母の言葉にちょっと息を呑む。引っ越し手伝おうか?という母の言葉を、勇輝が来てくれるからと断ったのは私だ。

だから母は、勇輝が荷解きをしてくれていると思っている。

結婚を喜んでくれた両親に、言いづらかった。けれど、いつまでも言わない訳にはいかない。

「……勇輝は今、いないよ。帰らせたから」

『……帰らせた……?』

「うん、ごめん。お母さん。結婚の話は白紙に戻す」

『はぁ?』

一層大きな声が携帯からして、思わず耳から遠ざけた。

電話の向こうで『大変!お父ちゃん。綾音が結婚を白紙に戻すて!』と叫んでいるのが聞こえる。

『おい!お前、本気か!結婚やめるて!?もうこんな機会二度と恵まれないかもしれないぞ!!』

母の携帯を奪ったのか、父の声までした。

「本気。理由は聞かないで。きっと、私も悪かった」

彼の葛藤に気づけなかった私にも原因はある気がする。

実は彼には他に好きなひとがいて。その人の元へ行ってしまったといえば、きっと、両親は怒るし、勇輝への印象も悪くなる。

結構、勇輝のことを気に入っていた両親だから。せめて勇輝への信頼はそのままにしておいてあげたい。

「じゃあ、荷解きまだあるから。切るね」

『あ!綾音!ちょっ……』

お母さん、お父さん。
期待をこわしてごめんなさい。

心の中で謝りながら、電話を切った。

< 5 / 234 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop