あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


もう慣れ親しんだ我が家に、主任と一緒に入る。
勇輝は「幸せになってください」という言葉のあと、静かに帰っていった。

「……主任。お時間を取ってしまってスミマセン」

主任専用となった三毛猫のマグにコーヒーを淹れながら、私は謝った。

「どうして謝るんだ?」

「だって、主任だって、早く休みたいでしょうに。まさか、勇輝がいるなんて」

主任はネクタイを外して、スーツや鞄と一緒に置いていた。
ワイシャツのボタンも2、3個外している。

着崩したその格好。
私の家でくつろいで貰えているようで嬉しい。

「真面目な男だったな。婚約破棄するぐらいの男だからどんなだらしない男かと思ったが」

コーヒーを主任はサンキュと言って、受け取ってくれた。

熱々の自分専用のマグを持って、主任の隣に座る。

時刻は夜の11時前。

「そうなんです。真面目で、優しくて、でも不器用なひとで」

その不器用さが愛おしかったんだ。
別れ際に、好きなひととはどうなったか訊いたら、今は振り向いてもらえるように、頑張っているところだって言っていた。

「ちゃんと、けじめつけることができて良かったです」

主任は黙ったまま、コーヒーを啜った。

あいもかわらず、三毛猫のマグは似合わない。

「何、笑ってんだ」

「主任に猫は似合わないなぁって思いまして」

「お前が出してくるんだろ」

クールで仕事もできるエリート主任が、三毛猫のマグでコーヒー飲んでる姿を見たことあるのって、私だけかもしれないなぁ。
ちょっと優越感。


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