あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


主任と平野さんが喋っている間に入る隙間はない。いや、平野さんが作らせない。

平野さんの機嫌を損ねないために、主任も愛想よく相槌を打っている。
平野さんを怒らせて、この仕事は他の会社に任せますと言われてしまっては、今回のプロジェクトが無くなるのだ。

だから、主任の愛想がすこぶるいい。

「中田さんはどこの大学出身でしたか」

声を掛けてとくれたのは、私の向かいに座る橋本さんだ。

「えっと、K大学ですが」

「やっぱり!じゃあ、俺と一緒です。中田さんの名前聞いたときに、どっかで聞いたことがある名前だなって思ったんです」

「ええ?うそ!」

「経済学部ですよね?浅田澪(あさだみお)って覚えてません?」

「ああ、澪ちゃん。知ってます。最近、会ってないけど」

澪ちゃんは私の大学時代の一番の親友だ。

「その元カレの橋本って覚えてません?」

橋本さんが自分を指差しながら、そう尋ねてくる。
私はフル回転で、大学時代を回想して、あっとつぶやいた。

澪ちゃんは恋愛大好きの女の子で、常に恋人は絶えなかった。
当然、元カレの数は半端ではないが。

橋本って名前、何十回も聞かされた!

「澪ちゃんの誕生日、忘れてて、フラレた男だ!」

確か、大学2回生のときに、澪ちゃんが付き合ってた文学部の同期生。
何度か私も会ったことがある。

迂闊にも、澪ちゃんの誕生日を忘れてていて、呆気なく破局。
澪ちゃんはアニバーサリー女である。

彼女の記念日を忘れるような男は恋愛対象外なのだ。

本人曰く、『彼女の生まれた日に無頓着な男はいい加減にしか彼女を見ていない!』らしいのだ。

「当たってますけど、そんな嬉しそうに答えないでくださいよ」

頬を膨らませた橋本さん。

「あ、ごめんなさい。思い出せたのが嬉しくて」

私は慌てて口を押さえる。
確か、橋本さんから告白して始まった関係だし、絶対傷に残ってるよね。

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