あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
接待がお開きになったのは夜の9時。
主任がうまくまとめてくれたおかげで、わりと早く帰れそうだ。
帰りはタクシーに乗ることになった。
少なくとも橋本さんは、もうほとんど眠っているため、駅まで歩けるほどの余裕はなさそうだ。
「すみません。会社の方から電話だ」
主任はそう言って待合室でタクシーを待つ私たちから離れた。
残されたのは私と平野さん。
そして、ほぼ爆睡の橋本さん。
つまり、平野さんと私がマンツーマンとなってしまった。
……気まずい。
平野さんは始終、主任に話しかけていたから、ほとんど私とは会話をしていない。
何を話せばいいのかも分からない。
沈黙を貫いていると、深いため息のような吐息を平野さんが吐いた。
「……ねぇ。中田さん」
「は、はい!」
主任に話しかけていたときとは、打って変わった敵意に満ちた声に、ビクッと身体が震えた。
「あなたは、井上さんの何なの」
婚約破棄についての嫌味のときのように、真っ向から向けられる敵意は久しぶりだ。
私は視線を逸らさずに、淡々と応えるように努めた。
「ただの部下です」
恋人でもなければ、仕事中はこれといって親しい訳ではない。
ただ、何度か、身体を重ねただけだ。
ただの部下とは言いにくい関係かもしれないが、敵意むき出しの彼女に、セフレだと伝えるのは気が引けた。