あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
「『starlight』からヘッドハンティングの話が来ているそうじゃないか。どうするつもりだ?」
矢田部長の単刀直入な話に思わず私の足が止まる。
思わず息を殺してしまった。
隣では同じく話を耳にした春日くんが固まっている。
平野さんが教えてくれた話がもう主任にも矢田部長にも伝わっていることに、驚いた。
春日くんは、そのような話が打診されていることも初耳だったらしく、かなり目を見開いている。
主任は何て答えるのだろう。
思わず耳を傾ける。
「平野主任の打診らしいな。彼女はあちらの専務の一人娘。専務は次期社長という噂だ」
矢田部長の情報に、小さくウソと呟いた。
平野主任が専務の娘。
ヘッドハンティングの話を叶えようとすれば、充分叶えられる話なのだ。
「恐らく、私は平野主任に好意を持たれています」
……やっと主任の声がした。
それはどこか悩みを絞り出すような声だった。
「彼女と結婚すれば、ゆくゆくは『starlight』の社長も狙えるかもしれないな」
「……少し迷っています」
私は唇を噛み締めた。
驚いた。主任の中にそんな迷いがあるだなんて。
どこか裏切られた気持ちだった。
主任ならキッパリと、私たちの会社一筋だと言ってくれると、どこかで信じていたのかもしれない。
「『starlight』はまだまだ伸びしろがある会社です。そんな会社をもっともっと育てていってみたいという野望があります」
初めて主任が語った野望。
この人は情熱家だということを今思い出した。
「……でも気になることもあるんです」
「中田さん、か」
矢田部長の言葉に息を呑む。
主任の気になることが、私……?
否定の言葉を主任は発しない。
もしかして……私が主任のことを悩ませていた?
何で?何のために?
主任の言葉の続きを聞きたくて、耳を澄ませたとき、私の身体がぐらりと揺れた。