悪夢から蛇
 謝らなくてもいいんだぜ、と心の中で声の主に向かって語りかけた。

こっちもあんたらに、多大な迷惑をかけることになるんだから。

謝罪の言葉なんて必要ない。

その代わり、こっちも最期の重大な予定を遅らされたってことで、これからかける迷惑をアイコにしてくれよ。

 それから電車が駅に近づいてくると、にわかに辺りの騒がしさが一段と増した。

轟音とも言えるブレーキ音を響かせながら、電車は駅に進入してくる。

 予定より四分も遅れてしまったが、やっとこの時がやってきた。

一歩前に進み、二歩目で黄色い線を越え、三歩目でホームの端ぎりぎりまでたどり着く。

 電車が耳障りな警笛を鳴らした。

 構わない。

警笛なんて騒音の一つでしかない。

駅員が遠くから必死に走り寄ってくるのを横目に見ながら、電車の目前に勢いよく跳び込んだ。

 全ての音が消え、急に辺りが静かになる。

瞼を閉じると、何もない真っ白な部屋に一人だけ置き去りにされているような、妙な感じがしてきた。

 固い金属のようなものが右肩に触れるのを感じる。

人間の身体とは比べものにならない圧倒的な比重を誇る物質。

鋭い衝撃と共に、何かが潰れる鈍い音がした。

 瞬間、血の色にしては鮮やかすぎる赤が、視界を端から塗りつぶしていった……。
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