恋=結婚?
「今度は今からだよ。さあ、行くよ」
吉野君に腕を取られて駅とは真逆の方向に引っ張られる。え? 今からなの? もうお腹がいっぱいだし、それにもう十分に酔っ払っているんだけど。
***
吉野君に連れて来られたのは居酒屋からは徒歩十分か十五分のホテル……ホテル?
中に連れ込もうとする吉野君にさすがにストップをかける。
「よ、吉野君。こ、これはちょっと!」
「ここのホテルのバーがいい眺めなんだけど」
「え? あ、ああ。そう。バーだよね。そうだよね」
恥ずかしい。いやらしい想像でしかホテルを見れない自分が恥ずかしい。
そうだよね。眺めのいい場所で飲み直しだって言ってるのよね。過剰に反応した私の方がいやらしいじゃない。
気にしない。
気にしない。平常心よ! 六つも年下の男の子に何ドギマギしてるのよ!
「じゃあ、いいよね」
「あ……はい」
ホテルに入りエレベーターで二十二階まで一気にあがる。この急上昇で私の体のアルコールも一気に体をめぐる。
「大丈夫?」
「う、うん」
気づけば肩に腕を回されてる。そのくらい足取りは不安定なのか……。
目的の階まで上がった。チンという音と共にエレベーターの扉が開いた。
綺麗! エレベーターのすぐ目の前に広がる光景に目を奪われる。キラキラと宝石箱をひっくり返したような綺麗な夜景が広がっている。会社の近くにこんな場所があるなんて今まで知らなかった。
「和泉さんバーの中からもよく見えるから」
ガラス窓に張り付くようにして景色を眺めていた私を吉野君が引っ張ってバーの方へと連れて行く。あ、あれ? いつのまにか彼の腕は私の腰にまわっている。彼に誘導されないと危ないのかなあ。
外の景色がよく見えるテーブル席に案内された。
私はメニューを見てグレープフルーツを使ったカクテルを探す。ソルティードックは嫌だしなあ、と考えていたら、吉野君は迷うことなくジントニックを注文してしている。頭が上手く働かない。グレープフルーツは諦めて、しかたなくカシスオレンジを注文した。
しばらくここの景色について話をした。本当にバーの中からの景色の方が綺麗だった。
「吉野君はこういう場所に良く来るの?」
静かにウエイターがジントニックとカシスオレンジを私達の前に差し出す。
「仕事の為にね。写真だけじゃ伝わらないものがあるから」
吉野君の絵には確かに写真じゃ伝わらない何かがあった。まだできていない都市を想像させる何かが。そしてそれを描き出している手が綺麗だった。
「そう」
「ここのすぐ上の最上階のレストランなんだけどね。そこだと高いから、ここが丁度いいんだ」
「そうだね。ここは価値があるね」
カランとカシスオレンジの氷を鳴らして一口、カシスオレンジを口に含む。先ほどまでの安いお酒とは違って上品で本物の味がする。この辺でやめておかないと帰れなくなりそう。なのに、この景色と美味しいお酒が私を誘う。
と、突然目の前にケーキが出てきた。ウエイターさんが運んで来てテーブルに置いて行く。もちろんここはバーなんだからケーキなんてメニューにはないはず。それにカットケーキなのにロウソクまで立てている。頼んだ覚えはないし……。
「ん?」
ケーキと吉野くんを交互に見つめる。
「お誕生日だろ。和泉さん」
「え? あ、私に?」
「おめでとう」
晴れやかな笑顔で吉野くんは私に声をかける。
「あ、ありがとう」
何年ぶりだろうケーキで誕生日をお祝いしてもらったの……。
「ほら吹き消して」
子供のような笑顔で吉野くんはケーキのロウソクを見つめて囁く。
「あ、うん」
私は目の前のカットケーキに刺さっている一本のロウソクを吹き消した。何かがさっと消え去る感覚に襲われる。あーあ。とうとう二十九になったしまった。なんだかなあ。嬉しい気持ちよりもモヤモヤした気持ちが勝ってしまう。
「あれ? 迷惑だった?」
吉野くんはそんな私の態度を気にしているみたいだった。
「そんなことないよ。ありがとう。ただ……」
慌てて言い訳を始める私。
「ただ?」
「このまま彼氏もずっと出来ないまま、お見合いして終わるんだって……あ、ごめん。違うの。嬉しいのよ。でも、吉野君の担当になったのも会社がそろそろ私が不要だって言ってきてるみたいで……」
「俺ってやっぱりお荷物?」
ああ、余計なことを言ってしまった。何か言わなきゃ。
「ち、違うの。あんな素敵な絵を描く、すごい仕事する吉野君に私なんかが教えられることなんて何もないのよ。だから………」
言葉につまりカシスオレンジをがぶ飲みする私。カランと氷を鳴らしてカシスオレンジを飲みきった。
「でも、電話がまずかったんだよね?」
吉野君は私の顔をのぞき込むようにして聞いてきた。
「電話はーね……。あの、でも、吉野君には吉野君にしかできない仕事があるじゃない。私羨ましいよ」
これは本当の気持ち。羨ましいよ。吉野くんが。
「ふーん。そっか。和泉さんも和泉さんらしい仕事してるように見えるけど?」
「私なんか! ただみんなに気持ちよく仕事してもらえるようにってことしか頭になくて……本当に七年も働いてそれくらいしかできないなんてね」
言ってて悲しくなりそうだよ。
「なかなか出来ないことだと思うけど」
「え?」
「自分を出さないで人のためにってなかなかできない事だと思うけどなあ」
「そ、そう?」
「うん」
顔が赤くなるのがわかる。顔が熱い。こんな風に人に自分の仕事ぶりを褒められたことなかったから……かな?
「和泉さんケーキ食べよう」
「う、うん」
一つの小さなケーキを二人で食べる。か、顔が近い。熱くなった顔がさらに熱くなるのがわかる。酔っているからかケーキの味などわからない。
「和泉さんお代わりは?」
ケーキを食べ終えた頃、吉野君がカラになった私のグラスに目線を移して聞いてきた。
「え? いやでも……もう結構飲んだから」
さっき歩いた感覚ではもう限界だと思うし……。
「いいじゃないあと一杯! ケーキの口直しにさ」
とメニューを目の前で広げられた。あーっと。目の前に出されるとつい見てしまう。こんなに美味しいお酒も久しぶりだしな。あと一杯ならいいかあ。
目でメニューの文字を追いかける。んーっと。オレンジブロッサムかあ。なんか美味しそう。
「じゃあ、オレンジブロッサムで」
吉野君はすぐに注文してくれる。あれ? 吉野君のグラスは? 吉野君のグラスを見るとジントニックはまだ半分も減っていない。そう言えば居酒屋でもあまり飲んでなかったな。私のこと心配してくれているんだろうか? 私が飲み過ぎで潰れないようにって。
すぐに私の前にはオレンジブロッサムが来た。口をつける。すっきりとした飲み口。ヤバイな。グイグイ飲んじゃいそう。
「和泉さんってお酒強いね」
「え? あ、うん。なんかそうみたい」
「普段から飲んでるの?」
「ん? いや、たまーにかな。あまり間隔空けると弱くなるかな? 悪酔いすることもあるから」
「ふーん。今日は大丈夫?」
「うーん。ちょっと飲み過ぎたかなあ。あ、でも大丈夫だよ。帰れるからね」
「もっと飲む?」
なぜか吉野君は上目遣いに聞いてくる。か、可愛い。二十歳を超えて可愛いなんて失礼だけど、可愛い。
吉野君、入った当初はすごい人気だった。派遣ということとその態度からその数は激減したけど。あれ? そういえば私にはそんな態度悪くないよね。むしろ可愛いぐらいなのに。
「もういいよ。お腹もいっぱいだしね」
居酒屋の時点でお腹がいっぱいだったのにケーキまでいただいて本当にお腹がいっぱい。あ、そろそろ時間かも……。腕時計をチラリと確認する。危ないところだった終電逃すところだったよ。
残っていたオレンジブロッサムを一気に飲み干す。
「ごちそうさまでした」
おごりだって言ってくれてたし、二杯飲んでさらにケーキもあったけどいくらホテルのバーでもそこまで高額じゃないだろうしね。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
吉野君に腕を取られて駅とは真逆の方向に引っ張られる。え? 今からなの? もうお腹がいっぱいだし、それにもう十分に酔っ払っているんだけど。
***
吉野君に連れて来られたのは居酒屋からは徒歩十分か十五分のホテル……ホテル?
中に連れ込もうとする吉野君にさすがにストップをかける。
「よ、吉野君。こ、これはちょっと!」
「ここのホテルのバーがいい眺めなんだけど」
「え? あ、ああ。そう。バーだよね。そうだよね」
恥ずかしい。いやらしい想像でしかホテルを見れない自分が恥ずかしい。
そうだよね。眺めのいい場所で飲み直しだって言ってるのよね。過剰に反応した私の方がいやらしいじゃない。
気にしない。
気にしない。平常心よ! 六つも年下の男の子に何ドギマギしてるのよ!
「じゃあ、いいよね」
「あ……はい」
ホテルに入りエレベーターで二十二階まで一気にあがる。この急上昇で私の体のアルコールも一気に体をめぐる。
「大丈夫?」
「う、うん」
気づけば肩に腕を回されてる。そのくらい足取りは不安定なのか……。
目的の階まで上がった。チンという音と共にエレベーターの扉が開いた。
綺麗! エレベーターのすぐ目の前に広がる光景に目を奪われる。キラキラと宝石箱をひっくり返したような綺麗な夜景が広がっている。会社の近くにこんな場所があるなんて今まで知らなかった。
「和泉さんバーの中からもよく見えるから」
ガラス窓に張り付くようにして景色を眺めていた私を吉野君が引っ張ってバーの方へと連れて行く。あ、あれ? いつのまにか彼の腕は私の腰にまわっている。彼に誘導されないと危ないのかなあ。
外の景色がよく見えるテーブル席に案内された。
私はメニューを見てグレープフルーツを使ったカクテルを探す。ソルティードックは嫌だしなあ、と考えていたら、吉野君は迷うことなくジントニックを注文してしている。頭が上手く働かない。グレープフルーツは諦めて、しかたなくカシスオレンジを注文した。
しばらくここの景色について話をした。本当にバーの中からの景色の方が綺麗だった。
「吉野君はこういう場所に良く来るの?」
静かにウエイターがジントニックとカシスオレンジを私達の前に差し出す。
「仕事の為にね。写真だけじゃ伝わらないものがあるから」
吉野君の絵には確かに写真じゃ伝わらない何かがあった。まだできていない都市を想像させる何かが。そしてそれを描き出している手が綺麗だった。
「そう」
「ここのすぐ上の最上階のレストランなんだけどね。そこだと高いから、ここが丁度いいんだ」
「そうだね。ここは価値があるね」
カランとカシスオレンジの氷を鳴らして一口、カシスオレンジを口に含む。先ほどまでの安いお酒とは違って上品で本物の味がする。この辺でやめておかないと帰れなくなりそう。なのに、この景色と美味しいお酒が私を誘う。
と、突然目の前にケーキが出てきた。ウエイターさんが運んで来てテーブルに置いて行く。もちろんここはバーなんだからケーキなんてメニューにはないはず。それにカットケーキなのにロウソクまで立てている。頼んだ覚えはないし……。
「ん?」
ケーキと吉野くんを交互に見つめる。
「お誕生日だろ。和泉さん」
「え? あ、私に?」
「おめでとう」
晴れやかな笑顔で吉野くんは私に声をかける。
「あ、ありがとう」
何年ぶりだろうケーキで誕生日をお祝いしてもらったの……。
「ほら吹き消して」
子供のような笑顔で吉野くんはケーキのロウソクを見つめて囁く。
「あ、うん」
私は目の前のカットケーキに刺さっている一本のロウソクを吹き消した。何かがさっと消え去る感覚に襲われる。あーあ。とうとう二十九になったしまった。なんだかなあ。嬉しい気持ちよりもモヤモヤした気持ちが勝ってしまう。
「あれ? 迷惑だった?」
吉野くんはそんな私の態度を気にしているみたいだった。
「そんなことないよ。ありがとう。ただ……」
慌てて言い訳を始める私。
「ただ?」
「このまま彼氏もずっと出来ないまま、お見合いして終わるんだって……あ、ごめん。違うの。嬉しいのよ。でも、吉野君の担当になったのも会社がそろそろ私が不要だって言ってきてるみたいで……」
「俺ってやっぱりお荷物?」
ああ、余計なことを言ってしまった。何か言わなきゃ。
「ち、違うの。あんな素敵な絵を描く、すごい仕事する吉野君に私なんかが教えられることなんて何もないのよ。だから………」
言葉につまりカシスオレンジをがぶ飲みする私。カランと氷を鳴らしてカシスオレンジを飲みきった。
「でも、電話がまずかったんだよね?」
吉野君は私の顔をのぞき込むようにして聞いてきた。
「電話はーね……。あの、でも、吉野君には吉野君にしかできない仕事があるじゃない。私羨ましいよ」
これは本当の気持ち。羨ましいよ。吉野くんが。
「ふーん。そっか。和泉さんも和泉さんらしい仕事してるように見えるけど?」
「私なんか! ただみんなに気持ちよく仕事してもらえるようにってことしか頭になくて……本当に七年も働いてそれくらいしかできないなんてね」
言ってて悲しくなりそうだよ。
「なかなか出来ないことだと思うけど」
「え?」
「自分を出さないで人のためにってなかなかできない事だと思うけどなあ」
「そ、そう?」
「うん」
顔が赤くなるのがわかる。顔が熱い。こんな風に人に自分の仕事ぶりを褒められたことなかったから……かな?
「和泉さんケーキ食べよう」
「う、うん」
一つの小さなケーキを二人で食べる。か、顔が近い。熱くなった顔がさらに熱くなるのがわかる。酔っているからかケーキの味などわからない。
「和泉さんお代わりは?」
ケーキを食べ終えた頃、吉野君がカラになった私のグラスに目線を移して聞いてきた。
「え? いやでも……もう結構飲んだから」
さっき歩いた感覚ではもう限界だと思うし……。
「いいじゃないあと一杯! ケーキの口直しにさ」
とメニューを目の前で広げられた。あーっと。目の前に出されるとつい見てしまう。こんなに美味しいお酒も久しぶりだしな。あと一杯ならいいかあ。
目でメニューの文字を追いかける。んーっと。オレンジブロッサムかあ。なんか美味しそう。
「じゃあ、オレンジブロッサムで」
吉野君はすぐに注文してくれる。あれ? 吉野君のグラスは? 吉野君のグラスを見るとジントニックはまだ半分も減っていない。そう言えば居酒屋でもあまり飲んでなかったな。私のこと心配してくれているんだろうか? 私が飲み過ぎで潰れないようにって。
すぐに私の前にはオレンジブロッサムが来た。口をつける。すっきりとした飲み口。ヤバイな。グイグイ飲んじゃいそう。
「和泉さんってお酒強いね」
「え? あ、うん。なんかそうみたい」
「普段から飲んでるの?」
「ん? いや、たまーにかな。あまり間隔空けると弱くなるかな? 悪酔いすることもあるから」
「ふーん。今日は大丈夫?」
「うーん。ちょっと飲み過ぎたかなあ。あ、でも大丈夫だよ。帰れるからね」
「もっと飲む?」
なぜか吉野君は上目遣いに聞いてくる。か、可愛い。二十歳を超えて可愛いなんて失礼だけど、可愛い。
吉野君、入った当初はすごい人気だった。派遣ということとその態度からその数は激減したけど。あれ? そういえば私にはそんな態度悪くないよね。むしろ可愛いぐらいなのに。
「もういいよ。お腹もいっぱいだしね」
居酒屋の時点でお腹がいっぱいだったのにケーキまでいただいて本当にお腹がいっぱい。あ、そろそろ時間かも……。腕時計をチラリと確認する。危ないところだった終電逃すところだったよ。
残っていたオレンジブロッサムを一気に飲み干す。
「ごちそうさまでした」
おごりだって言ってくれてたし、二杯飲んでさらにケーキもあったけどいくらホテルのバーでもそこまで高額じゃないだろうしね。
「じゃあ、行こうか」
「うん」