アイ・ミス・ユー


部屋の鍵を開けて、パンプスを脱いでリビングに入る。
電気もつけずにベランダの外へ出た。


秋口の涼しい心地よい風がゆるく吹いていて気持ちいい。


お願いします、と祈る。

向かいのマンションのあの部屋から、あの人がフラリと出てきてくれますように。


叶う確率なんて低そうな願いだったのに、その祈りはすんなりと届いた。


カラカラ、と小気味よい音が聞こえて、見つめていた向かいのマンションの一室から人影が揺れる。


金子がベランダまで出てきたのだ。


そこからはもう色々考えるのはやめた。
体が勝手に動いて、こちらに気づいていない様子の彼に話しかける。


「金子くん!」


一瞬ビックリしたように肩を震わせた金子が、すぐに正面のベランダにいる私を見つけて身を乗り出してきた。


道路を挟んでいるので、少し声を張り上げないと会話は聞こえない。


「夜風に当たると風邪引くよ」


と、こんな時にまでしっかり優しい金子のセリフに思わず吹き出す。


ねぇ、と心の中でつぶやく。


「別れたばっかりなのに、もう会いたいよ」


通りすがりの人とか、窓を開けっ放しにしている住人に全部聞かれているかもしれない。
それでも、伝えたかった。


「別れると、寂しくなる」


< 146 / 196 >

この作品をシェア

pagetop