アイ・ミス・ユー
そこへまだ1年目の小悪魔後輩・田上翡翠が「お疲れ様でーすっ」と割り込んできた。
ダイエット中なのか小ぶりなお弁当と、もう一方の手にはなにやら漫画を持っている。
「ご一緒してもいいですかぁ?」
「どうぞ」
彼女の人工的な天然小悪魔ぶりは承知のことだけど、別にこっちに害があるわけじゃないので私も結子も受け入れる。
空いているイスをひとつ引いて座るように促した。
「ねぇ、その漫画なに?面白いの?」
結子も気になったらしく、田上の手にある漫画を指差して身を乗り出す。
はいっ!と元気な声を上げてうなずいた彼女が、私たちによく見えるように表紙を見せてくれた。
「ハマってるんです〜。今すっごい人気の漫画で、来年ドラマ化するらしいんですけど。胸キュン必至ですよ〜」
「どれどれ、タイトルは…………なにそれ。『年下男子の秘密の誘惑 〜恋の手ほどきは残業のあとで〜』。………………田上さんってほんとこういうの好きね」
いかにもっぽいタイトルに感心していると、同じことを思ったらしい結子が彼女から漫画を借りてパラパラと中身を読む。
「これのどこに胸キュンするの?」
「もう、綾川先輩ってば〜。ちゃんと最初から読んだら分かりますよ?アラサー女子が社内の後輩の年下男子と一夜の過ちを犯しちゃって、そこから恋が始まるストーリーなんです」
ゴフッ!と飲んでいたお茶で盛大にむせたのは、当然のことながら私だ。
しかし田上は私のことなんかに構うことなく話を続ける。
「もうたまらないですよ!年下男子もいいなーって思っちゃいますから!可愛いのにかっこいい!しかも強引!時々弱気!敬語からの〜、命令口調!ドSな年下俺様最高!」
「ありがちな話だね〜」
「綾川先輩、夢が無いっ。山崎先輩はどうですか、こういう話!一夜の過ちから始まる恋だってあると思いません?」
全くもって結子が乗ってこないからか、田上は私に同意を求めるように潤んだ目で見つめてくる。
その視線から逃げるようにそらしたあと、「どうだかね」と肩をすくめた。
「そもそも私は年下は恋愛対象外だから、共感できないわ」
「え!山崎先輩って年上好きなんですか?」
「年上は包容力があるもの。年下は切羽詰まってる感じがして、余裕が無くてなんかイヤ」
こういう無駄なこだわりを持っているせいで、ここ数年なかなか彼氏が出来ないというのは自分でも分かっている。
でも、焦って相手を見つけようという気にもならなくて。
それで今に至る。