アイ・ミス・ユー
樹理がトイレに行くと言って席を立った。
すると空いた私の隣に、ストンと誰かが腰を下ろしてきた。
誰かと思って振り返ると、そこにいたのは金子だった。
「お疲れさん」
と、一言だけ添えてくる。
非常に淡々とした口調だった。
「お……お疲れ様です」
「なんか……色…………くない?」
「え?なに?聞こえません」
部長のコブシが効いた歌声がうるさすぎて、金子の声が全く聞こえない。
耳をそばだてるように片手を耳に当てると、不意に彼の顔がぐっと近づいてきた。
「顔色、悪くない?って聞いたの」
かなり近い距離で、耳元で彼の声が聞こえたので、思わず体をそらす。
反対側に座っていた女性社員にぶつかってしまい、慌てて謝った。
「気のせいだったらごめん。でもそんな気がしたから」
金子は眉を寄せて、心配そうに私を見ている。
チラリとさっきまで彼が座っていたところを見てみると、お局様と密かに呼ばれる40代の谷さんに翡翠ちゃんが捕まっていた。
なにやらお説教を食らっている様子。
この薄暗い部屋の中で、よく私の顔色なんか見えたな。
そこに感心してしまった。
「平気です。タバコの煙が少しキツいくらいなので気にしないでください」
「ちょっと廊下に出る?」
「今野くんに怒られます。中島みゆき歌えって」
「俺は今野に森山直太朗歌えって言われたよ。歌ったことないんだけど。あいつっていつもあぁなの?」
「今野くんは勝手に他人の十八番を作り上げる天才です」
「面白いやつだな」
フッと口元を緩めた金子は、足元に置いていた私のバッグを勝手に手に取ると素早く手を引いてきた。