アイ・ミス・ユー
言葉の意味を理解した途端、平坦な心音を刻んでいた胸が騒がしく鳴り出した。
理解はしているけれど、うまく飲み込めない。
だって、私とあなた、会って間もないんですけど!
しかも少ししか会話してないんですけど!
あの会話のどこを切り取れば、こういう展開になるの?
「もしかして、彼氏いる?」
黙ったままの私を案じて、答えを予想したらしい彼が申し訳なさそうに確認する。
急いで首を横に振って見せたら、おずおずともう一度攻めてきた。
「連絡先、ダメかな」
ザ・草食系男子の見た目なくせに、案外核心をついてくるのは早い。
このまま連絡先を教えたら、この人とそのうち付き合うことになるんだよね、きっと。
でもなんか、ちょっと……いやかなり、私の中でしっくり来ない。
金子基之という男は、私の心に引っかかるものを残さなかった。
「ごめんなさい」
私は持てる力を出して、誠心誠意、頭を下げた。
「彼氏はいないけど、今は恋愛とかそういうの、する気が無いの。…………社会人としてスタートしたばかりだし、仕事に集中したいの。……だから、ごめんなさい」
それらに嘘は無かった。
本当に仕事に集中したかったし、恋愛の駆け引きを楽しむ余裕なんてたぶん私には生まれない。
一人暮らしも始まるわけで、家事でいっぱいいっぱいになるのは目に見えている。
彼は落胆したような表情はしなかった。
そういう答えが来るんじゃないかと思っていたような、落ち着いた反応だった。
気を遣わせまいとしてなのか、柔らかな笑顔を浮かべた。
「分かった。急に言い出してごめん。お互い、仕事頑張ろう」
「うん、そうだね。ありがとう」
私と金子は、目を合わせて笑った。
告白をされたわけではないけれど、ある意味それに近いことを言われたから。
気まずくないと言えば嘘になる。
微妙な空気を残して、私たちは「じゃあね」と別れた。
これが、6年前の入社式での金子との出会い。
これだけ聞けば「淡い恋のお話ね〜」とか「草食系男子が頑張ったお話ね〜」とか、そんなもんで済んだのかもしれない。
だがしかし。
私たちの話は、そこから1年後に続くのだ。