アイ・ミス・ユー


工場の機械音が少し離れたところから規則的に聞こえる狭い廊下。
視界の隅っこには、私たちを気にすることなく行ってしまった社員たちの数々の背中。


誰も私と金子のことなんか気にも留めていないらしい。


誰もいなくなってしまった廊下で、私は金子の発した言葉を頭の中で繰り返していた。


岩見沢店に配属になった、同期の金子基之?
入社式で話した?


ザ・草食系男子の見た目と、まぁるい親しみやすい雰囲気。


やっとのことで、思い出した。


「あっ!そ、そういえば!」

「思い出したみたいだね」


出来の悪い生徒を褒めるみたいな口調で、彼が小さく笑う。


「よっぽど印象薄かったんだね、俺って」

「い、いえいえ!そういうわけじゃないの!なんていうか、この1年、色々中身の濃い生活を送ってきたから記憶が上塗りされていってるっていうか……」

「イケメンの小野寺さんと社内恋愛中なんだ」

「イケメンかどうかは分からないけど……、普通に、その……お付き合いしてるってだけで」


なんでこんな言い訳っぽいことをしなくちゃいけないのかと自問自答しながらも、金子が醸し出すなんとも言えないプレッシャーに押されてしまう。


話しているうちにさらに思い出してしまった。
彼が私に連絡先を聞いてきたこと。
そして、「仕事に集中したい」という理由でそれを断ったこと。


口先だけの女になってしまった、とひとりで勝手に気まずくなる。

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