アイ・ミス・ユー


だんだん思考が現実に戻ってきて、そして同時に怒りが込み上げてきた。
手が震えて、自分の顔が赤くなっていくのが分かる。


パンッ!!


という響く音がした。


私の右手に痛みが走り、目の前には頬を押さえた金子がいた。


ヤバいっ!
ついついビンタしてしまった!
しかもかなり本気のやつ!


「ごっ、ごめんなさい!」

「━━━━━痛い」


痛そうに顔を歪める金子に、無意識にやってしまった恐ろしい暴力行為を即座に猛反省した。


「う、う、訴えたりしないでよっ!だってあなたが悪いんだから!彼氏がいるのにキスとかルール違反だからっ」

「ビンタされたの初めて」

「わ、私だって初めてよ!」


今度は焦りで手が震えた。
どうしよう、本気で訴えられたら。


金子の左頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
渾身の力を込めて平手打ちしたのだから当たり前だ。


「とにかく!もう一切関わらないで!あなたのことは忘れます!さようなら!!」


言いたいことを言い放ち、動揺して足元に落とした今日の資料を秒速で拾い上げ、つまづきながらもダッシュで金子の元から走って逃げた。


一体なんなの、なんでキスされたの?
忘れられたのがムカついたの?それだけの理由で?


こんがらがった精神状態で集団に追いつき、どうにか樹理の姿を見つけた時には、もう私はボロボロだった。


「ゆ、結子?どうしたの?なんで泣いてるの?」

「樹理〜!襲われたぁぁぁ」









ということで。


樹理だけが私と金子のことをよく知る、唯一の人なのだ。




私が初めて彼氏でもない人にキスをされ、その人を力いっぱい平手打ちした、ドラマのような出来事。


あれだけ強く引っぱたいた相手が、同じ会社の同じ部門の上司になって、さらにはマンションがお向かいだなんて。


気まずいにも程がある!


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