アイ・ミス・ユー
そんな末恐ろしい出来事を鮮明に思い出して、おまけに夢にまで金子が出てきて、お願いだからプライベートくらいあの暴力行為を忘れさせてくれ、と朝からげんなりした。
『これで、きっともう俺のこと忘れないでしょ』
という、彼の言葉がぐるぐる回る。
結果としては、確かに忘れなかった。
忘れたくても忘れられないほどのキスだったかと言われるとそうではないけれど、直後に思いっきりビンタしてしまったせいで強烈なインパクトは残った。
最初から彼の狙いがビンタされることってわけではないはずだけど……。
人生初のビンタをお見舞した相手と一緒に働くことになるなんて、生きていると本当に不思議なことがあるものだ。
のろのろと出勤する準備をして、4枚切りの食パンの1枚を半分に切って、何も塗らずにそのままモソモソ食べる。
食べながらメイクして着替えて、最後に冷えた牛乳を飲み干してから、急いで部屋を出た。
基本的に、私は朝が得意ではない。
パチッと目覚めることはほとんど無く、たいてい朝はボーッとしている。
さらに言うと、今朝に関しては夢で金子と会ったため余計にモヤモヤしていた。
エレベーターに乗り込んで、1階に降りる。
足早にマンションを出たら、向かいのマンションのエントランスから金子が出てきたのを発見した。
即座に顔を伏せたものの、彼も私に気がついたようで声をかけてきた。
「綾川さん、おはよう」
朝の金子は無駄に爽やかで、声にも張りがあり、かつ目もぱっちり開いている。
この人は朝が得意らしい。