アイ・ミス・ユー
持っていた彼の上着を金子に渡す。
慌てた様子でそれを着ようと彼は袖を通すが、どこかで袖がまくれているのかなかなか着れない。
「あれ?あれ?」を繰り返して焦る彼の姿に、本当に直前までビシバシ指示を飛ばしていたのだろうかと疑いたくなるほどの間抜けさを感じた。
「もうっ。貸して下さい」
いつまで経っても袖が通らず、見ていられなくなって彼の上着を奪い取る。
そしてバサッと袖を直してから広げた。
一瞬間が空いたあと、金子は申し訳なさそうに背中を向けて、ありがとうとつぶやきながら腕を出して上着に袖を通した。
「や、なんか新婚ぽいですね」
今野くんが余計な一言を言ってきたのを無視し、私は金子に
「ほら、早く来てください」
と手招きした。
すると、いつからそこにいたのか20代後半ほどのカップルと思しき男女二人組が、おずおずと声をかけてきた。
「あのー、すみません。このカーテンってそんなにいいものなんですか?」
「あっ、はい!」
私より先に金子が返事をし、身を乗り出すようにして接客し始めた。
二人組はさわさわとカーテンの生地を手にして手触りを確認している。
「前々からカーテン探しにここにも通ってて。今見たら前と配置が違うから、なんだろうって思って……」
「先ほど替えたばかりなんですが、こちらのカーテンは手触りもキメ細かく遮光1級のものなんです。デザインも56色取り揃えてますので、ご希望に沿ったものが見つかりやすいと思いますよ。リビングよりは寝室向きになりますけど、リビングだとこちらの方が……」
「主任っ」
本格的な接客になりそうな雰囲気を醸し出した金子を、叱りつけるようにして呼び止めた。
「接客は販売部に任せて下さい。でないと主任、今日は残業で日付またいじゃいますよ」
小声で言うと、彼は「しまった!」という顔をしてうなずいた。
「では、係りの者が詳しくご説明しますね」
と、どうにかその場を切り抜け、私たちや今野くんなどの販促部メンバーは店舗から出ることとなった。