アイ・ミス・ユー
眉間に力を入れて無理やりシワを作り、般若のような表情をした彼を見て、思わず吹き出してしまった。
だってあまりにも変な顔だから。
「あっ、すみません。笑っちゃって」
「ううん。やっと笑ったね」
満足そうに微笑んだ彼の言葉で、私はハッと我に返る。
そんなに笑顔が少なかったかな、とこれまでを振り返る。
私の心を読むように、何も言っていないのに彼が説明してくれた。
「俺と話す時は、いつも頑張って笑ってたでしょ。なかなか自然に笑ってくれなくて。仕事でも迷惑かけてるし悪いなぁって思ってたの」
「主任は別に悪いことは無いですけど……」
「うーん、でも、ほら。5年前のこともあるし……」
「そ、それは忘れましたっ」
5年前の話は出来ることなら蒸し返したくない。
お互いにいい話ではないことだし、触れないで済むならばそれに越したことはない。
「綾川さん、じゃあお礼させて」
パソコンの電源を落として、脱いでいた上着を羽織った金子がデスクの上を軽く片付けながら微笑んだ。
一瞬、お礼ってなんのこと?と不思議に思う。
「なんのお礼ですか?」
「この資料、作ってくれたお礼。ラーメンでも食べて帰ろうよ。奢るから」
「え!いえ、それは別にそういうつもりで作ったわけでは」
「分かった分かった、大丈夫。もう許可なしにキスしないから」
「ちょ、ちょっと!こんなところでそんなこと言わないでよ!」
なんで私はこの人のペースに巻き込まれているのか、全く意図しないところで引っ張られる。
金子は慌てふためく私を大笑いして、「行こう」と手招きした。
「私はこのまま帰りますからね!ラーメンは食べて帰りませんよ!」
断固たる決意のもと叫ぶように主張して手早くデスク周りを整理して、バッグを掴んで金子を追いかけた。