女神は蜘蛛の巣で踊る
あの怪しい男が受付に成り代わっていたのなら、本来のホテルマンさんはどこにいるのだろうって思っていたのだ。クロークの受付が無人なわけがない。私の足に気がついて桑谷さんはそのまま入ってきた。だから電気をつけたら何か判るかと思ったけど・・・。
彼がスタスタと歩いて近づき、のぞき込み体に手をあててボーイさんを確かめる。
「眠っている。薬を使われたようだな」
私はほっと息を吐き出した。ああ、良かった。万が一でも死亡なんてなっていたら、どうしようかと思ってしまった。緊張して固まってしまっていた体を手でさすって温める。
「寝てるのね?じゃああの男、そんなに乱暴じゃないってことよね」
「君は襲われているし、眠らされるのも丁寧ではないだろう。何か目的があってきたんだな、そいつは。ここで何かを探していたのか・・・ただ単に、変装したかったのか」
彼がそう言って、ボーイさんを楽な格好に寝かせてから戻ってくる。その目は、で、どうするんだ?と私に聞いていた。
だからにっこり笑って答えてあげることにした。
「捕まえましょ。バカ野郎なのは間違いないんだから」
「・・・警察に電話して帰ろうぜ」
すごく諦めきったような声で、夫が言う。私はまだ痛む頭を片手で抑えながら彼を振り返った。
「本気で言ってるの?私がいきなり殴られたのに?このままで帰るわけ?」
「トラブルはごめんだ」
「既にトラブルに巻き込まれてるのよ!十分痛い思いをしてるわ」
「・・・まり、それで済んだことを有難く思うんだ」