女神は蜘蛛の巣で踊る
私は両手を組んで顎を上げる。身長の高い彼を見下ろすには無理があったが、こちらが戦闘態勢なのは十分に伝わるはずだ。
「じゃああなたは帰ったらいいわ」
「まり」
「雅坊はお泊りだけど、今からなら間に合うから家に連れて帰ってね」
「・・・」
「別行動しましょう。私はここで頑張る、あなたは家で子守をする」
「・・・くそ」
彼は片手でごしごしと顔を擦る。それから目を細く細くして、私を見下ろした。
「────────どこのどいつだ。探しに行くぞ」
よし、勝った。
ほんの少し時間を空けただけだったらしく、パーティー会場はそれほど変わっていなかった。壇上の歌手が退いて、誰だか知らない人がスピーチしているだけの変化。ちょっと聞いただけでもそのスピーチは退屈極まりなくて、さっき歌っていたシャンソン歌手の方がよっぽどいいわねと思った。
低いハスキーな声と、大きくて幸せそうな口元。彼女の歌声はまだ若干耳の中に残っている。
相変わらずたくさんいる酔っぱらった人々を壁際からじっと見る。
この会場にヤツがいるという確証はないのだ。だけど今晩のこのホテルの3階宴会場はこのパーティー以外ないと判っているし、ここに来ている客のクロークで何かを探していたらしいからここにいても不思議はない。
ヤツが何が目的でも私には関係ない、それは彼の言うとおりなのだ。
だけど。
だーけーど。