女神は蜘蛛の巣で踊る
私は無駄に殴られたなんて嫌なのよ。心の中でそう呟いてぎらぎらと会場中を見渡す。ちょっとしか見ていないけれど、多分もう一度見れば判るはずだ。
あのわざとらしい笑顔、それから微妙にあってない制服や服に似合わない運動靴。
「あいつか」
隣で桑谷さんの低い声が聞こえた。私はパッと彼を振り返る。彼がじっと視線を固定しながらすたすたと壁際を歩いていく。
え?もう見つけたの?私はとりあえず彼について動く。早い早い!彼は顔も知らないのに、一体どうやって──────
桑谷さんは歩いている相手に合わせているらしい。相手の行方を見ながらそのままのスピードで歩いていき、途中で通りすがりのドアを開けて廊下に出る。それから、すぐ目の前にある角を曲がって人目から隠れた。
私も同じように後ろに付きながら、彼の服を引っ張る。
「ねえねえ」
「待て」
片手で私を制しておいて、彼は角の向こうをちらりとのぞき込んだ。その時足音がして、人が近づくのに気がつく。私が思わず息を殺していると、壁にぴたりとひっついていた桑谷さんがいきなり片腕を角から突き出して素早くぶんとふるった。
「ぐ・・・!」
小さな悲鳴と衝撃音が聞こえてドサっと重い物が倒れる音。私は思わず顔をしかめる。桑谷さんはパッと角を曲がって、彼に倒されたらしい人の両足を引っ張ってこちら側に回り込んできた。
ずるずると引っ張られてくる顔を押さえている男。きっと桑谷さんの拳骨が顔面にヒットしたのだろう。彼はフリーの腕をばたばたさせながら何が何だか判らないように小さな声で罵った。
「くそ!何なんだよ!!」