女神は蜘蛛の巣で踊る
床の上の男はそう言って、両足に力を入れて暴れようとした。だけどその瞬間に男の足から手を離した桑谷さんが、表情も変えずに彼のお腹を足で踏みつけた。
「ぐえっ!」
あらまあ。私はちょっとばかり男に同情した。その容赦ない扱いに、だ。
久しぶりにみたけれど、これがまあ、桑谷彰人という男なのだ。普段は軽いキャラクターの下に隠している、これが彼の素顔に違いない。凶暴で、あっけらかんとして、容赦がない。
お腹に足を入れられて咳き込む男のそばにしゃがみ込んで、私はじっくりと眺める。うん、間違いない。
「まり、こいつか?」
彼の淡々とした声が聞こえたから頷く。男は床にうずくまったままでまだ苦しそうに咳をしている。桑谷さんはどこから出したか携帯電話で男の顔写真を撮った。
「何で判ったの、この人って?あなた顔知らないでしょう?」
私は疑問に思ったことを聞く。すると彼は携帯電話を操作しながら何でもなさそうに言った。
「君が靴がおかしいって言ってただろう。人を探すときには女も男も足もとに注目するんだ。パーティーに似つかわしくない靴を履いてるのはこいつだけだった」
・・・へえ。
ぱたんと携帯を仕舞いながら、彼が私を見て言う。
「野口薫さん、覚えてるか?彼女に教えてもらった。俺はそれまでは下半身を見てたけど、足首を見るんだと教えて貰ってからはそっちの方が便利で確実だと判った」
ああ、彼女。私はやたらと納得した。彼と昔に共同で調査会社を経営していた滝本さんという男性の目下の恋人らしい野口薫と言う女性は、なんと驚いたことに職業が掏摸なのだ。掏摸よ、掏摸。現代にいるのねえ!って感じだ。