女神は蜘蛛の巣で踊る
私は泥棒はもちろん好きではないが、彼女は何故か憎めない。やたらと愛想のいい、可愛い女性だった。
ようやく息が出来るようになったらしい床の男が、そろそろと体を起こした。特に特徴のない、平坦な顔をした男だ。黒髪、短髪、二重の小さな目。平べったい鼻と口。
私と桑谷さんを、黙ったままでじっと見上げる。不機嫌なようだけど、特に怖がっているようには見えなかった。それって凄いのだ。だって、うちの夫は普通に黙って立っているだけで人を威嚇できる人。その彼から暴行を働かれていて、しかも今迫力満点で見下ろされているのに怯えないとは!
「ハロー。先ほどはどうも」
私はにっこりとほほえんで顔の横で手を振った。
床の男は気がついたらしい。あ、と一瞬口をあけて、それから恨めしそうに桑谷さんを見た。
「何の用だ」
疑問系でない聞き方だった。桑谷さんは対応は私に任せるらしく、人払い宜しく角に立って廊下の向こうと二人を見ている。
「何の用、じゃないでしょ。人をいきなり昏倒させといてどういう態度なのよ、あなた?ここで何してるの?」
「・・・あんたらには関係ないだろう」
「そうよ、関係ないのにいきなり暴力をふるわれたのよ。だから残念ながら関係ある人になっちゃったわけ。ここで何してるの?」
人を気にしてどちらも小声で問答を繰り返す。
男はぶっすーとしたままで押し黙った。
おいこら、おっさん。私は大して年齢も変わらないだろう男の肩を指先でつんつんと押してみる。