女神は蜘蛛の巣で踊る
その時桑谷さんが着信があったらしい携帯を開いて言った。
「────蜘蛛。何だ、お前、何でも屋か」
びくっと男の肩が震える。蜘蛛と呼ばれた男は驚いた表情で桑谷さんを振り返った。
彼は携帯の画面を見ながらすらすらと言った。
「『自己顕示欲の強い男であまり使えないから俺は使わない』。・・・何でも屋で自己顕示欲が強いのは感心しねーな。それじゃ目立つだろ、スパイダーマン」
「知り合い?」
私はしゃがみ込んだままで夫に聞く。彼はまだ驚いている男を見下ろして、携帯を仕舞いながら言った。
「英男に聞いたんだ。こいつ知ってるか?って。その返答だ」
クモ・・・スパイダーマンってくらいだから、蜘蛛なんだろう。何でも屋。私はちょっと苦笑した。桑谷さんと付き合うようになってすぐくらいの頃、ストーカーが絡む事件に巻き込まれたことがあったのだ。その時に知り合いになった、「何でも屋」という職業の男がいる。
彼の名前は太郎、だった。苗字はなし。支払う金次第で、取り立てや調査、泥棒や空き巣など、様々な裏の仕事をする人間らしい。桑谷さんが英男と呼んだのは、彼の元相棒である調査会社社長の滝本氏だ。
どうやらさっき男の写真を撮っていたのを、滝本さんに送ったらしい。
それにしても・・・。何でも屋って、名前がどうしてそんなのなの?太郎とか蜘蛛とか・・・ならいっそのこと男AとかBでもいいんじゃないの?
「・・・お前ら何者だ?」
蜘蛛という悪趣味な名前の男が警戒心を丸出しで言う。桑谷さんが肩をすくめた。
「通りすがりの善良な市民だ。ただ、知り合いに変人が大量にいる」