女神は蜘蛛の巣で踊る
・終わり
夜道をバタバタと自宅へと走る。もうもってきたベビーカーが邪魔でならなかったけれど、まさか捨て置くわけにはいかないし。
両手で押し捲って台風のように突進し、静まり返っている自宅玄関前でとにかくと立ち止まった。
・・・こ、呼吸が乱れまくってるわ・・・。それから汗も。全身から湧き出るようだ。
胸に手をあててゆっくりとした呼吸を繰り返す。さて・・・家の中は今どうなっているのだろう?静かだから、雅坊は起きていないと思われるけど・・・。いや、もしかしてもしかすると両者相打ちになって倒れていたりして?
最後の方は不謹慎に笑いを漏らしちゃったりしたけれど、いや笑ってる場合じゃないでしょ、と自分を叩いて、ようやく静かになった鼓動とともに玄関へと歩いた。
施錠をとく。それから、そろそろとドアを開ける。
明りのついた玄関間。そこには確かに見慣れない革靴が置かれていた。
・・・滝本さん、いらっしゃってるんだよね。
「ただいま~」
声を限りなく低く小さくして、私は居間や台所へと続くドアを静かに開けた。
そこに居たのは。
そう、噂の調査会社社長でうちの夫の元パートナーである、滝本英男その人だった。
くるりと振り返った彼は、新聞を手に寛いだ格好で椅子にゆったりと座っている。静かな家の中、色んなもの(脱いだ服とか子供のおもちゃなど)が散乱する、実に家庭的な我が家の居間の椅子に腰掛けて、完全にリラックスした様子で滝本さんは存在していた。
浮いているといえば浮いていたし、馴染んでいるといえばそういえなくもない、不思議な光景だった。