女神は蜘蛛の巣で踊る
玄関に向かいかけて、何か思いついたように滝本さんが振り返った。
「そういえば、やっぱり言ったんですか?」
「え?」
何をだ。私は思わず首を傾げて聞き返す。すると滝本さんは丁寧な物腰で優しげに微笑んだまま、言った。
「言いたいことを言ったんですか、蜘蛛に?私の知っているあなたなら、そうするかなと思いまして」
つい、声を出して笑ってしまった。滝本さんの中での私のイメージは、刃物を向けるストーカーに向かって罵詈雑言怒鳴りまくった2年前の私のままなのだろうって判ったからだ。
もう一児の母親になっているのに。
だけど、ちっとも変わっていないのは、自分でも知っている。だからニッコリと笑顔で頷いた。
「ええ勿論」
「・・・で、彰人が更に怒った」
「ええ、勿論」
くく、と笑い声を漏らし、彼は玄関へと歩く。そして、では、という柔らかい声を残して外へと出て行った。
その夜、桑谷さんが戻ってきたのはいつなのか知らない。
滝本さんが帰ったあとで何かの気配に気がついたのか、雅洋が起きていつもの夜泣き、つまり凄い声量での号泣を始めたので、蜘蛛や夫や飯田さんや滝本さんのことは頭から消えてしまったのだった。
なにせ、夜泣きをする赤ん坊というのは悪魔以外の何者でもない。よかった、滝本さんがいる時には起きなくて。もしかして、あの眼鏡男性からの無言の圧力を感じていたのかもしれないけれど。