女神は蜘蛛の巣で踊る
「まり、今日の仕事は?」
「あ、私は遅番だから昼から。あなたは?それに怪我は顔だけ?病院いかなくていいの?」
私の問いに、彼はひらりと片手を振った。そんな怪我じゃない、って。それから頭を傾けて、お湯を指す。
「コーヒー飲むか?朝食は?」
私はにっこりと笑った。朝食は?と彼が聞く時には、俺が作ろうか、の意味であると知っている。だから頷いた。彼にも今朝は時間があるらしいと判ったので、私は自分の支度をしにいくことにする。洗顔をして着替えている間に、素敵な朝食が出来上がっているはずだ。
外見は、まるでヤクザなみの迫力がある男。しかも現在は顔までもがボロボロだ。だけど─────間違いなく、私の「いい男」だわ。そう思って、つい笑ってしまう。洗面を済ませて着替え、台所に戻った。
お互いの休みを把握していないので、本日の予定は毎朝情報交換している。それによると、彼は今日休みのようだった。本当はこれからの冬にかけての繁忙期の為にまとまった休みを取るべきらしいのだが、今回の騒動でやたらと仕事を押し付けてしまったらしい売り場の新人さんに明日からの残りの休みをやるんだ、と言って、器用にチーズオムレツを作っている。
コーヒー、それからオムレツとホットサンドを魔法みたいな速さで作って、彼がすすめてくれる。
「頂きます」
私は幸福な気持ちで両手をあわせた。雅洋はまだ眠っている。だから、朝のこの時間は夫婦二人の時間なのだった。
いつもはテレビや新聞を見るこの時間、今日は勿論、彼の顔の怪我を作るにいたった昨日の夜のことの話になった。