偽りの姫は安らかな眠りを所望する
* 薔薇の秘密
翌日。飛び起きたティアは急いで身支度を整える。もちろん昨日ここまで着てきた服だ。

鏡に映った姿にため息が零れた。泣きながら寝てしまったせいで瞼は腫れぼったいし、ひとつにまとめた髪の色はいつもに増して暗く重たいものに見える。

パンッと両頬を手で叩いて気持ちを入れ替えた。
両親の出自がどうであろうと、ティアはティアだ。自分のできることをするだけである。

だがその気合いも、さっそく出鼻をくじかれることになった。

フィリスは夜も明けぬうちに、家令が必死で引き留めるのも振り切って、単身館に帰ってしまっており、ラルドもすでに王都へとんぼ返りしたそうだ。

ヘンリーが送るという申し出を丁重に断って、ティアは荷も心も重く白薔薇館へと戻った。


荷を下ろした馬車を返しに厩舎へ寄ると、ダグラスが出発したときと変わらない笑顔で出迎えてくれる。

「よう、嬢ちゃん。昨日は災難だったな。道は大丈夫だったかい?」

「はい、思ったより乾いていたので。お返しするのが遅くなってしまってすみません。ありがとうございました」

昨夜の大雨が嘘のような夏の陽差しのおかげで、さほど馬車の走行には支障がなかった。
そのため昼過ぎには館に着くことができたのだが、ティアの表情はやはり晴れない。

「なんだなんだ? 姫様だけじゃなくアンタまで辛気くさい顔して」

フィリスのことが話題に出た途端、ティアの顔は更に曇っる。そんな彼女の頭を厳つい手がぐしゃぐしゃと撫で回す。

「まあ、アンタらの年頃には、オレだっていろいろと悩める少年だったさ。なんか困ったことがあったら、いつでも相談に乗るぜ」

ダグラスは大きな口でニカっと笑い、最後にボンボンと頭のてっぺんを叩いて馬の世話に戻っていった。

元はベイズ家の護衛兼使用人だった彼はその腕を買われ、ロザリーが城に上がる際に宮廷騎士として側についていた、という話はラルドから聞いている。

だからもちろん、フィリスの込み入った事情も知っているのだろう。
合流したはずのティアとフィリスが別々で戻ってきたことに、なにかを感じ取ったのかもしれない。

乱れてしまった髪を直そうとして頭にやったティアの手が止まる。
乗せられたダグラスの手の温かさと重みが、実は異国の騎士だったと知った父を思い起こさせた。

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