偽りの姫は安らかな眠りを所望する


気を取り直して白薔薇館へ向かい歩き始めると、ほどなくして白亜の館に辿り着く。
伯爵邸に比べると建物自体はこぢんまりとしたものだったが、その名に違わず、間近で見ても美しい佇まいだった。

ぐるりと回って使用人口を叩いて待ってみたが、一向に応答がない。
「今度はもっと大きな音で」と拳を振り上げた瞬間、ギィーという軋みをたてながら扉が開かれた。

「あ、あの! あたし、ヘルゼント伯爵のお屋敷から参りました。ティア=ベレンゲルと申しまっ――って、シーラさんっ!?」

慌てて拳を後ろに引っ込め、開いた扉に向かって下げた頭を戻したとたん、ティアは目の前に立つ人物に驚きの声を上げてしまう。
ヘルゼント家の女中頭であるシーラがそこに立っていたからだ。

ティアの叫びがあまりにも大きかったものだから、相手は驚きで息を詰まらせたようで深呼吸を繰り返している。
ようやく息が整うと、目尻の皺を深めて表情を緩めた。

「はじめまして、ティア。私はシーラではありませんよ。彼女の姉、カーラです。こちらでフィリス様の侍女を務めております」

そう言われてまじまじと見てみれば、よく似た顔立ちだがカーラのほうが白髪が多い。

ティアは「すみません」としきりに謝りながら、中に入れてもらう。
掃除の行き届いた館の内部はしんと静まり返っていて、他に人の気配が感じられなかった。

「伯爵家からお話は伺っています。まずはあなたの部屋へ案内しましょう」
「え、王女様付きのカーラさんが、ですか?」

王族の侍女に、一介の使用人の世話などさせてしまっていいのだろうか。
王女の住まいだ。もっと適役が、他にいくらでもいそうなものである。
ティアはキョロキョロと辺りを見回すが、やはり近くには自分たち以外、誰もいないようだ。

「この館には必要最低限の人手しか置いていないので、自ずと振り分けられる仕事は多くなるの。あなたもそのつもりでがんばってくださいね」

使用人用の狭い階段を上りながら、カーラが館や仕事について説明する。
その量は膨大で、とてもではないがティアには一度に覚えられそうもない。

息を切らせ一歩一歩階段を踏み進めつつ、これはしばらくの間、皆さんに迷惑をかけてしまいそうだと早くも挫折感に襲われていた。
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