偽りの姫は安らかな眠りを所望する

ティアは、あの薔薇工房ともいえる場所で感じた些細なことだけど、どうしても見逃せなかった違和感を思い切って伝える。

「さっき頂いた薔薇茶のことです。香りは申し分ありません。味も悪くないと思います。ただ……」

「ただ？」

いったん言葉を切ったティアの真剣な顔を、セオドールが不安顔で覗き込む。

「これは香薬師としてではなく、ただの女の子としての意見なんですけど」

もったいぶるティアの言動に、固唾を呑んで耳を傾けていた彼が無言で先を急かした。

「見た目が悪いんです。ほぼ白い薔薇を乾燥させるから仕方がないんですけど、せっかく生花がキレイなのに、あれでは残念すぎ」

「見た……目？」

セオドールは虚を突かれたように、今度は瞬きもせずにティアを見つめる。だけどティアは、ポットの中に残るあの茶色っぽい花びらがどうしても許せなかった。

「女性のほとんどは可愛いもの、キレイなものが好きなんです。もしあれも商品化しようと考えているのなら、見た目も美しくしないと婦女子には売れませんよっ！」

興奮のあまり不安定な馭者席で立ち上がろうとして、ティアはよろける。それを片手で支えながら、セオドールが眉間にシワを寄せた。

「そんなに、ダメ？」

おどおどと問われ、ティアは呆れながら大きく頷く。
自分の見た目が良い人は、他のものの見た目には無頓着なのだろか。思わず頭を抱えてしまう。

「あの薔薇の姿をそのままお茶にできたら、きっとものすごい人気商品になるはずです。だから――」

優しげな見た目に反してしっかりと筋肉のついた二の腕を、ティアは両手でガシッと掴んだ。

「どこかへ行ってしまうなんて言わないでください。セオドールさんにはここでしなければいけないことが、まだまだたくさんあるはずです」

馬車はいつの間にか白薔薇館の敷地に入っていて、厩舎を目指している。日が暮れ、吹く風の温度が変わった屋外に立つ人影を見つけて、セオドールが馬を停めた。

「フィリス様、どうしたんです？」

敷地内に戻ったせいか、態度がまた以前のように距離が感じられるものになったセオドールの方へ回り込んだフィリスが、手を伸ばして彼の腕を引っ張る。

「うわっ！　と……」

傾いだ身体の耳元に顔を寄せたフィリスが、早口で呟いた。

「黙って姿を消したことは許さない。でも……生きていることを『選択』してくれて、ありがとう。レイモンド叔父上」

「フィ……。知っていたのか」

小さく頷いたフィリスは、更に声を潜めてボソボソと話す。

「以前、ラルドに連れられて街へ出た時に酒場の噂話になっていた。領主夫妻の事故は、首が回らなくなったための自殺だった、と」

「……あくまでも噂だよ」

「そんなこと、わかっている」

ぶっきらぼうに手を離すと、フィリスは館に向かって歩き出した。が、途中で思い出したように振り返り、重苦しくなった雰囲気を吹き飛ばす勢いで言い放つ。

「ティア！　今夜はよく眠れる香茶を持って来い。必ずだっ！」

「はっ、はい！」

ティアは返事を待たずに再び大股で歩き始めたフィリスの背中へ、裏返ってしまった声で返事をする。

そのやり取りにはセオドールからも、自然と笑みが零れていた。