偽りの姫は安らかな眠りを所望する
やがて温められた香りが、ゆっくりと室内を満たしていく。
それは森林の中で深呼吸するような、それでいてとろりと意識を溶かすほど甘い。
ティアがフィリスのために、ぐっすりと眠れる配合を考えた自信作だ。
それなのに、空になったカップを返してきた彼の紫色の瞳は、なにかを期待するように輝いたまま。
彼の意識を覚醒させてしまうような香りだったのだろうか。
茶器を片づけながら、なにがいけなかったのかと思案する。
「ほら」
深い思考に沈んでいたティアは、弾かれたように無意識で動かしていた手元から顔を上げた。
「はい?」
反射的に返事を返すと、握った拳ごと片手を突き出しているフィリスがいる。
なんだろう? と首を傾げるティアに向け、彼は更に腕をぐんと伸ばしてきた。
「なにをしているんだ。早くしろ」
苛立たしげに急かされて、ティアははたと思い当たる。フィリスをまだ姫だと思い込んでいた時に、ここで行っていたこと。
「もしかして、施術をご希望なのでしょうか?」
「それ以外になにがある」
心の底から呆れたふうに言われて、ティアは頭を下げる。
「申し訳ありません。その……用意をしていなくて」
焚く精油や香茶、セオドールに渡す軟膏の用意などでバタバタしてしまい、すっかり失念していた。今から精油を調合して湯などを準備するとなると、それなりの時間を待たせてしまうことになる。
どうしたものかと考え込んでいたティアは、あることを思い立ち、前掛けのポケットから小さな軟膏壺を取り出した。あとでセオドールに届けようと思っていたものである。
「それは、なんだ?」
前回までとは違うものの登場に、フィリスの腰が若干引いた。先ほどの香草の匂いにずいぶんと懲りたらしい。
ついおかしくなって、ティアの頬が緩む。
それは森林の中で深呼吸するような、それでいてとろりと意識を溶かすほど甘い。
ティアがフィリスのために、ぐっすりと眠れる配合を考えた自信作だ。
それなのに、空になったカップを返してきた彼の紫色の瞳は、なにかを期待するように輝いたまま。
彼の意識を覚醒させてしまうような香りだったのだろうか。
茶器を片づけながら、なにがいけなかったのかと思案する。
「ほら」
深い思考に沈んでいたティアは、弾かれたように無意識で動かしていた手元から顔を上げた。
「はい?」
反射的に返事を返すと、握った拳ごと片手を突き出しているフィリスがいる。
なんだろう? と首を傾げるティアに向け、彼は更に腕をぐんと伸ばしてきた。
「なにをしているんだ。早くしろ」
苛立たしげに急かされて、ティアははたと思い当たる。フィリスをまだ姫だと思い込んでいた時に、ここで行っていたこと。
「もしかして、施術をご希望なのでしょうか?」
「それ以外になにがある」
心の底から呆れたふうに言われて、ティアは頭を下げる。
「申し訳ありません。その……用意をしていなくて」
焚く精油や香茶、セオドールに渡す軟膏の用意などでバタバタしてしまい、すっかり失念していた。今から精油を調合して湯などを準備するとなると、それなりの時間を待たせてしまうことになる。
どうしたものかと考え込んでいたティアは、あることを思い立ち、前掛けのポケットから小さな軟膏壺を取り出した。あとでセオドールに届けようと思っていたものである。
「それは、なんだ?」
前回までとは違うものの登場に、フィリスの腰が若干引いた。先ほどの香草の匂いにずいぶんと懲りたらしい。
ついおかしくなって、ティアの頬が緩む。