偽りの姫は安らかな眠りを所望する
そんな様子を伝えると、フィリスは途端に拗ねたような声を出す。
「なんだ、私はまだ見ていないぞ。せっかく片棒を担いでやったというのに、薄情な奴らだ」
「片棒、ですか」
施術が終わり、ティアが新しく淹れたお茶をフィリスに渡しながら首をひねると、ぽかぽかとした手で受け取った彼が「しまった」という顔をした。
「コケモモを採ってくるのを忘れていた。バリーのコケモモで作った、甘酸っぱいタレを絡めて食べる鴨肉は絶品なんだ。ティアにも食べさせてやりたかった」
「コケモモですか? それは美味しそうですね」
記憶の中の味を味わうかのように、うっとりと瞼を閉じるフィリスが微笑ましい。その顔を見ているだけでティアは食べた気分になり、お腹がいっぱいになりそうだ。
「もう少し経つと、色付いた実がたくさん採れる季節になりますよ。そうしたら、一緒に摘みに行きましょう」
自然と出た誘いの言葉にフィリスが僅かに目を瞠らせ、すぐに柔らかな弧に変える。ティアが初めて見るそんな彼の表情は、やはりセオドールとよく似ていた。
「……そうだな」
心なしか弱く応えた声音。彼に睡魔が訪れたのかと思ったティアは、横になることを勧める。だが彼は意外なことを口にした。
「昼間、半端に寝てしまったせいか、まだ眠くない」
子どもみたいに駄々をこねる。
「でも、最近あまり眠れていらっしゃらなかったと伺いました」
いつから目を覚ましていたのかもしれない、あんな短い時間の睡眠で解消できるはずはない。彼の両肩を静かに押して、寝台に無理矢理横たわらせてしまう。
「こうしていれば、きっとすぐにおやすみになれますから」
肩口まで掛布を引き上げたティアの手に、まだラベンダーの香るフィリスの手が重ねられた。
「じゃあ、私が眠りに就くまではここにいろ」
しっとりと潤う指を絡ませ引き寄せられる。再び寝台の傍らに膝を突き前屈みになったティアの髪を、フィリスはまた解いてしまった。