偽りの姫は安らかな眠りを所望する
肩から流れ落ちた髪を、彼は空いている方の指を通して心地よさげに梳いて目を細める。

「やはりキレイだな、髪も。……瞳も」

指の間から髪を零した手が、驚いて動けずにいるティアの頬まで伸びてきた。指先だけが先に触れ、ぴくりとティアが瞬きを一度する。

フィリスの薬指がそっと彼女の涙袋をなぞり、吸い寄せられるように手のひら全体を片頬に添わせた。

「この夜の色をずっと見ていたら、深く眠れそうな気がする」

「……見ていたら、目を閉じられません」

速さを増し始める鼓動を隠し、精一杯の虚勢で反論する。頬が熱くなってきていることを悟られはしないか、ティアは心配になってきた。手を退かせてもらうよう言うべきかと悩んでいると、不意に頬の熱が遠ざかる。

それを望んでいたはずなのに、フィリスの手が離れてしまったことがなんとなく寂しくて。そんな感情に戸惑っていたティアは、自分の胸に軽く触れる存在に気づくのが遅れた。

「なっ、なにをしてるんです!?」

身を引こうとしたが、片手をしっかり繋がれていて上手くいかない。とにかくフィリスの手を除けようと自分の手を重ねた時、ボソボソとした声がティアの耳に届いてきた。

「……は、……のか」

「なんですか?」

フィリスから遠ざかるつもりが、逆に聞き取ろうと耳を彼の顔に近づけてしまう。そうすれば、今度はもう少しはっきりとした言葉が聞こえた。

「もう、痕は消えたのか?」

「痕?」

手の置かれた胸元を見下ろしてようやく思い当たる。

「あの火傷のことですか。ええ、もうすっかり。祖母秘伝の軟膏を塗ったので、キレイに治りましたよ」

「……本当に?」

なぜかちょっとムッとしたように聞き返され、ティアはマールの腕まで疑われたような気がしてむきになってしまう。

「ええ、もちろん。跡形もなく、キレイさっぱりと!」

「じゃあ見せてくれ」

「いいですよ。驚かないでくださいね」

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