偽りの姫は安らかな眠りを所望する
極力急ぎながら、尚且つ物音を立てないように階段を駆け下りる。
下りきったところには、すでにカーラが待っていた。

「すみません、お待たせしました」
「いいのよ。じゃあ、まずは厨房からにしましょうか」

ティアは先を歩こうとしたカーラの背に声を掛けた。

「あの、王女様にご挨拶は……?」

ぴたりと踵を揃えて止まったカーラの振り返った顔は、なぜだか少し困惑気だ。嫌な雰囲気に、胸がざわめいた。

「具合がお悪いのでしょうか」
「え? ええ、そうなのよ。お身体の弱い方ですから。またフィリス様の体調の良いときに、ちゃんとご挨拶できるお時間を作っていただきましょうね」
「でももしお辛いようでしたら、様子を診させていただいて――」

少しでも身体が楽になる処方ができるかもしれない。そのために自分はここへ来たのだ。
だが、カーラの表情は相変わらず渋いままだった。

「心配しなくても大丈夫ですよ。いつものことなのです。さあ、行きましょう」

ティアの胸にはもやもやとしたものがつかえたままだったが、カーラにはそれ以上の問答をするつもりはないらしく、廊下を進み始めてしまう。
こうなっては、もうティアにはどうにもならない。おとなしく彼女のあとに続いた。


小さいながらも設備の整った厨房には、よく似た体型の男女が、忙しそうに立ち働いている。
モートン夫妻と紹介された二人が、この館の食事面を担っているそうだ。

「厨房を使いたいときは、いつでも声をかけてくれよ」

夫のバリーがふっくらとした暖かい手を差し出せば、妻のデラはティアの背に腕を回し、その豊かな胸の中に招き入れて歓迎してくれた。
香茶を淹れたり、調合するのに火や水を使うことも多い。
彼らの聖域を侵すことを邪魔に思われないことがわかってほっとする。

「よろしくお願いします」

丁寧に頭を下げたところへ、落ち着きのある柔らかな声とともに若い娘が厨房に入ってきた。
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